私たちを取り巻く環境変化はめまぐるしく、企業の経営課題も絶えず変化し、中期経営計画は1年間で消費期限を迎えると言われるようになってきました。環境変化に対処し、持続可能な組織にするためには、従来の慣例や慣習に捉われることなく、新たな視点で経営戦略や人材戦略を見つめ直すことが必要です。多様な人材の能力や特性を最大限に活かす「ダイバーシティ経営」が、企業の新たな価値創造に繋がります。ダイバーシティについての理解を深めて、組織による重点施策の1つとして、ダイバーシティに取り組むとどんないいことがあるのかをシリーズでお伝えしていきます。
第3回目は、「ダイバーシティをどう浸透させるのか」についてご案内いたします。

ダイバーシティ推進におけるつまずきの多くは、「最初に何から着手すべきか」を見極めないまま施策を並べてしまうことにあります。浸透の起点となるのは、まず自社の現状を正しく理解することです。
ダイバーシティ推進は、法令対応や義務化をきっかけに動き出す企業が少なくありませんでした。しかし近年は状況が大きく変わりつつあります。経済産業省は、ダイバーシティを「多様な人材を活かし、企業の競争力強化につなげる経営戦略」であると明確に定義し、ダイバーシティレポートやダイバーシティ経営100選などを通じて、企業が主体的に取り組むべきテーマとして位置づけています。日本経済全体の持続的成長のために、多様な人材活用が不可欠だという政府方針が打ち出されたことが背景となっています。こうした背景から、企業は単なる制度導入や数値目標の追随ではなく、自社の現状を的確に把握し、どこに課題があるのかを明確にすることが、ダイバーシティ推進の第一歩として求められるようになりました。今は、「国にやれと言われたからやる時代」ではなく、「自社の競争力と持続可能性のためにやる時代」に変わりつつあることが、各社の動向から垣間見ることができます。人事データや従業員アンケート、ヒアリングなどを通じて事実を把握し、課題に合わせた施策を選ぶことが大切です。
1.現場でダイバーシティをどのように捉えているのかを知る
ダイバーシティ浸透の出発点は、感覚ではなく事実を正しく把握することです。性別・年齢・職種・雇用区分・等級・評価・昇進・離職・育休復帰・長時間労働といった人事データを、部門別・職位別に分解して可視化します。採用 → 配属 → 評価 → 昇進の各段階で、どこにボトルネックが生じているのか(いわゆる漏斗分析)を確認することが重要です。また、マイノリティ層のサンプル数が少ない場合には、定性ヒアリングによって背景にある“なぜ”を丁寧に掘り下げます。
このように、数値データで課題を特定し、当事者の声からその理由を理解する、この二重のアプローチによって、実態とずれた施策を乱発することを防ぐことができます。
一方で、感覚値による状況把握も大切です。「なんとなくこう思っていた」という現場の感覚と、実際のデータに基づく「〇%という数値が物語る事実」を見比べることで、そのギャップが強いインパクトを生み、取り組みへの意欲や方向性がより明確になります。こうした気づきが職場に新たな動きを生み出し、最終的にはダイバーシティの課題を経営課題へと昇華させる原動力となります。
2.自職場のダイバーシティがどの段階にあるのかを客観視する
ダイバーシティを推進するには、自職場が「どの段階」にあるのかを正しく把握することが欠かせません。一般的にダイバーシティは、3つの段階を経て成熟します。
第一段階:多様性を認知する
第二段階:女性活躍推進などの特定テーマに取り組む
第三段階:DEIB(Diversity, Equity, Inclusion, Belonging)の考え方を組織文化として統合する
第一段階:多様性を認知する
この段階は、職場に存在する多様性を「事実として知る」段階です。
性別、年齢、国籍、働き方、価値観など、人によって異なる背景や特性があることを理解し、それを「特別なもの」ではなく「存在するもの」として受け止めることが出発点となります。個々人の偏見や思い込みに気づき、アンコンシャス・バイアスへの理解を深めるなど、認識レベルでの変化が中心となります。この段階で制度や行動の変革までは至らなくても、「多様性がある」という事実を正しく捉え、組織として意識し始める段階でとなります。
第二段階:女性活躍推進などの特定テーマに取り組む
この段階では、多様性を認知するだけでなく、特定のテーマに絞って具体的な施策を進めていきます。
日本企業で最も多く見られるのが、女性活躍推進や育児支援、働き方改革といった分野への取り組みです。女性管理職比率の向上、男性育休の取得促進、評価バイアスの是正、柔軟な働き方に必要な制度の整備など、特定領域の課題解決に向けた施策が展開されます。この段階ではテーマが限定的であるため、組織全体として「多様な人材を活かす文化」ことに結びつきづらく、取り組みは部分最適の範囲にとどまることも多くなります。
第三段階:DEIBを組織文化として統合する
第三段階では、単発的な施策ではなく、DEIB(Diversity, Equity, Inclusion, Belonging)を組織文化として根づかせる段階に入ります。
D=多様性、E=公平性、I=包摂性に加え、B=帰属意識(心理的安全性を含む)が満たされる状態をつくることで、誰もが安心して意見を述べ、能力を最大限発揮できる環境を整えていきます。
施策が制度として存在するだけでなく、経営判断や日常の働き方にDEIBの考え方が浸透し、組織文化として自然に根づく状態となります。
この段階に達すると、ダイバーシティは単発の施策ではなく、組織の価値創造・競争力の源泉として機能し始めます。
このように、自組織がどの段階に位置しているのかがわかると、取り組むべき課題や、どのレベルを目指すのかといった方向性が明確になります。現状を客観的に把握し、組織としてどこを強化すべきかを見極めることが、ダイバーシティ浸透の確かな土台となります。
3.現場でダイバーシティの重点項目を定める
ダイバーシティ推進を進める際に注意したいのは、「全部盛り」にしないことです。あれもこれもと一度に手を広げてしまうと、現場は何に力を注げばよいのか分からなくなり、結果としてどの施策も十分に浸透することは困難です。そうならないためにも、重点となるテーマを明確に絞り込むことが重要です。
ダイバーシティ推進は、単年度で完結するものではありません。3年、5年といった中長期計画で設計することで現場の理解が深まり、理解が「深い層」と「浅い層」のばらつきを段階的に解消していくことができます。
その結果、ダイバーシティ推進に対する誤った理解や先入観から生じがちな、職場でのすれ違いや対立、特定の層だけが優遇されているという誤解などを防ぐことができ、不要な人間関係のトラブルを未然に避けられます。また、「なぜこの取り組みが必要なのか」が社員の間で共有されるため、負担感や不公平感によるモチベーションの低下も抑制されます。
重点項目を決める際は、自社の経営戦略や人材ポートフォリオとの整合性を踏まえ、最も大きなインパクトを生むテーマを選びます。例としては次のようなものがあります。
•女性管理職までの道のりを整備する(経験値と幅を広げる・教育機会・抜擢・評価バイアスの是正)
•男性育休の標準化(取れる人だけが取得するのではなく誰もが自然に取得できるようにするための業務
設計、代替要員の確保、復職後のリスキリング)
こうしたテーマに基づき、3〜6か月で成果が見える結果が見える成功事例をつくる「短距離レース」を設計します。成功事例が社内に自社のストーリーとして認識が広がり、部門を越えた横展開がしやすくなります。これにより、組織全体へと取り組みを広げる土台ができあがります。
4.日常の行動に根づかせ、変化を見える化する
重点項目を決めた後は、その施策を職場の日常の行動に落とし込むことが大切です。会議の進め方、上司と部下のコミュニケーション、フィードバックの仕方など、日々の現場での振る舞いが変わって初めて、ダイバーシティは浸透し始めます。些細なことであっても、会議では全員が意見を述べる機会をつくる、発言を遮らず最後まで聞く、1on1を定期的に行う、メンバーの行動を見てフィードバックで伝えるといった小さな行動の積み重ねが、心理的安全性を高め、現場の空気を変えていきます。
次回、第4回目は、「ダイバーシティ推進事例に学ぶ浸透のヒント」について考えていきます。
HRコンサルティング事業局
コンサルタント 井内 郁子
大学卒業後、保険会社営業職を経て、国内航空会社国際線客室乗務員として乗務しチーフパーサーおよびパーサーとして機内サービス業務に付随したマネジメント業務に携わる。2003年からコンサルタントとしての活動を始動し、階層別研修を実施。新人から役員に至るまで幅広く対応している。顧客ニーズに応じてカスタマイズを行い高確率のリピート率を保持。昇進昇格に関わる評価者として選抜アセスメントにも従事。現在では人材育成・組織開発分野に深く携わり、現状分析に基づく課題特定・解決案策定と実行支援を担っている。
資格:DiSCCERTIFIEDTRAINER/ProfileXT認定/CheckPoint360°認定/国内養成機関プロコーチ、産業カウンセラー/国家資格キャリアコンサルタント/NLPマスタープラクティショナー/交流分析士1級 他
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- 人と組織
- 2026/02/10








