DEIB(ダイバーシティを含む概念)の基礎知識④
~ ダイバーシティ推進事例に学ぶ浸透のヒント ~

 私たちを取り巻く環境変化はめまぐるしく、企業の経営課題も絶えず変化し、中期経営計画は1年間で消費期限を迎えると言われるようになってきました。環境変化に対処し、持続可能な組織にするためには、従来の慣例や慣習に捉われることなく、新たな視点で経営戦略や人材戦略を見つめ直すことが必要です。多様な人材の能力や特性を最大限に活かす「ダイバーシティ経営」が、企業の新たな価値創造に繋がります。
ダイバーシティについての理解を深めて、組織による重点施策の1つとして、ダイバーシティに取り組むとどんないいことがあるのかをシリーズでお伝えしていきます。

第4回目は、「ダイバーシティ推進事例に学ぶ浸透のヒント」についてご案内いたします。

 企業におけるダイバーシティ推進の歴史を振り返ると、その出発点は海外との接点を多く持つ外資系企業の取り組みにあります。国や地域をまたぎ、人種や言語、宗教、ライフスタイルが異なる人々が働く外資系企業にとって、多様性は避けるべき課題ではなく、むしろ組織の力を高める源泉として捉えられてきました。違いを前提とし、それを組織の創造性につなげるための仕組みづくりは、彼らにとって自然な経営の一部だったといえます。
 一方、日本企業が直面してきた課題はやや異なります。日本の職場では、人種や宗教といった目に見えやすい多様性が大きく争点となる場面は多くありませんでした。その代わりに、採用、教育、評価、昇進、給与といった領域で、女性が働き続けにくい構造が長年にわたり存在していました。いわゆる「女性活躍」が課題として浮上した背景には、こうした制度面・文化面の遅れがあったと言えるでしょう。結果として、日本のダイバーシティ推進は、女性のキャリア形成を支える取り組みから始まることになりました。
その潮流が本格化したのは、外資系企業が日本拠点で積極的な動きを見せはじめた1990年代です。日本アイ・ビー・エムでは、女性社員のネットワーク組織であるジャパン・ウィメンズ・カウンシルを立ち上げ、キャリア支援や働き方改善を進めました。ピーアンドジー・ジャパンでも、女性社員同士のコミュニティ形成やロールモデル育成を目的とした活動が始まり、日本におけるダイバーシティの概念はこの時期に初めて大きく広がり始めます。
 その後、国内企業の動きが活発化するのは2005年前後です。パナソニックがパートナーシップ支援をはじめとした多様な働き方の受容に踏み出したほか、性別に限らず年齢や国籍といった広い範囲の多様性に光を当てる企業が増えていきました。また、ヒューレットパッカードは、女性活躍よりも先に障碍者支援へ取り組むなど、多様性の幅をさらに広げる先駆的な動きを示しています。
 今日では、ダイバーシティ推進に取り組まない企業のほうが少数派と言っても過言ではありません。社会環境の変化が加速する中で、組織の競争力や柔軟性を高めるためには、多様性を経営にどう活かすかが、ほぼすべての企業に共通するテーマとなりました。
 本コラムでは、このような歴史的背景を踏まえながら、実際に先進的な取り組みを行っている企業の事例を取り上げ、ダイバーシティを「組織に浸透させる」ためのヒントをどのようにして探っていけばよいのかを探っていきます。

1.ダイバーシティ経営が日本企業にもたらした変化と、その歩みをたどる

 日本企業におけるダイバーシティ推進は、ここ10数年の間で大きな転換点を迎えてきました。その流れを後押しした象徴的な取り組みが、経済産業省による表彰制度「ダイバーシティ経営企業100選」です。この制度は2012年から2020年まで実施され、ダイバーシティ経営に優れた企業が選定され、9年間で合計282社が表彰されました。企業の多様性への取り組みを可視化し、社会全体に広く発信した点で、日本のダイバーシティ推進において重要な役割を果たしました。
 ダイバーシティ経営とは、単に多様な人材が存在する状態を指すものではありません。性別、年齢、国籍、障害の有無、性的指向、宗教、価値観、キャリア、働き方といった幅広い多様性を持つ人材が、それぞれの力を最大限に発揮できる環境を整えることによって、自由な発想が生まれ、イノベーションや新しい価値創造が促されるという考え方です。ここには、制度や環境の整備だけでなく、経営レベルの意思決定、人事制度の改革、マネジメントの見直しといった「経営戦略」としての視点が欠かせません。多様性の存在を企業価値へと転換する、そのプロセスそのものがダイバーシティ経営の本質といえます。

 ダイバーシティ経営企業100選では、多様な人材が活躍できる環境を整え、それが実際の成果へと結びついている企業が表彰の対象とされました。応募には、民間企業であること、障害者法定雇用率を満たしていること、労働関係法令に違反していないことなど、社会的信用を基盤とした基準が設けられていました。評価では、多様な人材活躍への取り組みが成果として現れているかどうか、また業界や地域における先進性、さらに経営トップの関与と全社的な浸透の程度が重視されました。ダイバーシティを掲げる段階から実践し成果を出している段階へと踏み込んだ企業が評価された点に、この制度の独自性があります。
 2017年度からは、より高い水準でダイバーシティ経営を推進する企業を対象とした「100選プライム」が新設されました。こちらは、中長期的に企業価値を生み続ける「ダイバーシティ2.0」の実践が条件とされ、7つの行動指針である経営戦略への組み込み、推進体制の構築、ガバナンスの改革、全社的ルール整備、管理職の意識改革、従業員の行動変容、市場との対話に沿った取り組みが求められました。制度期間中には8社が受賞し、ダイバーシティ経営の成熟段階を示す存在として注目を集めました。
 こうした表彰制度は、多様性の重要性を社会に広く示すだけでなく、企業同士が学び合うきっかけを生み出し、日本全体のダイバーシティ推進を大きく前進させてきました。

 ここからは、実際にダイバーシティ経営企業100選・プライムに選定された企業の取り組みを取り上げ、その特徴や工夫、成果をもとに、ダイバーシティを組織に浸透させるためのヒントを探っていきます。

2.ダイバーシティ経営企業100選企業の先行事例を通じた自社に近い課題と成功パターンから学ぶためのポイントとは

 ダイバーシティ経営企業100選には、製造業からサービス業、IT、小売、医療、金融まで、さまざまな業種・業態の企業が選ばれています。規模も、中堅・中小企業から大企業まで幅広く、従業員数数十名の企業から数万人規模の企業まで、多様な組織が受賞しています。こうした幅の広さは、ダイバーシティ経営が特定の業界や企業規模に限られた取り組みではなく、どの企業にとっても経営の質を高める手法であることを示しています。
 事例を効果的に活用するためには、単に有名企業の成功例としてを眺めるだけでは十分ではありません。重要なのは、自社と共通点のある企業の事例を選び、実践的なヒントを得ようとする視点です。

企業によって抱える課題はさまざまですが、以下のような典型的なものが考えられます。
 ・人材不足に直面している
 ・若手が定着しない
 ・シニアや外国人材の活躍が進まない
 ・障害者雇用が形骸化している
 ・管理職層が均質で、組織に新しい発想が生まれにくい
 ・女性のキャリア継続が難しい構造が残っている
 こうした状況は、業種や業態、企業規模によって異なって見えていても、根本的な構造が似ている場合が多くあります。そのため、事例を見る際には、次のような観点で選ぶことが有効です。

(1)企業規模が自社と近いかどうか
  中小企業の場合は限られたリソースで工夫を重ねた事例の方が、実行可能性の高い学びが得られます。
 大企業の場合は、制度の設計やガバナンス、推進体制の整備など、より構造的な取り組みが参考になり
 ます。

(2)業種・業態が近いかどうか
  製造業の場合は現場の職場環境や働きやすさの改善、作業手順や業務プロセスの見直し、IT企業の場合
 は多様な働き方や専門性を活かすマネジメント、小売・サービスの場合は多様な時間帯勤務や外国人の受
 け入れなど、業界にはそれぞれ固有の特性があるため、ダイバーシティの進め方や重点ポイントも業界に
 よって異なります。

(3)自社の課題と類似しているかどうか
  課題が似ている他社の事例は、自社の取り組みに活かせる示唆が見つかることが多いです。
  以下のような参考事例があげられます。
  ・若手定着に悩む企業は、人材育成・キャリア支援を強化した事例
  ・女性管理職が少ない企業は、登用プロセスの見直し事例
  ・障害者活躍に課題がある企業は、工程改善やIT活用の事例

(4)得たい成果が近いかどうか
  事例企業がどのような成果を得たのかは重要です。
  生産性向上、離職率低下、採用力強化、組織文化改善、イノベーション創出など、自社が目指す成果に
 近い企業の取り組みは、より実践につながりやすくなります。
  ダイバーシティ経営企業100選の事例は、単なる成功談ではなく、「どのような課題に対し」「どのよ
 うな仕組みを整え」「どのような成果を上げたのか」を読み解くことで、自社の次の一手を導く実践のヒ
 ント集となります。これから紹介する 取り組みは、その中でも特に汎用性が高く、学びの多い企業の事
 例を取り上げています。自社の課題や目指す方向と照らし合わせながら、より具体的な取り組みをイメー
 ジする助けとして活用することをお勧めいたします。

3. 事例に学ぶ施策整理の仕方

 ダイバーシティ推進を自社で効果的に進めるためには、他社事例から工夫や成果を丁寧に読み解くことが重要です。事例を成功談として捉えるだけでなく、背景や課題、判断のプロセスを知ることで、自社に合った進め方を見つけることにつながります。企業は規模や業種、文化、抱える課題が異なるため、他社の取り組みを自社に置き換えて検討する視点が欠かせません。
 そのためには、事例の背景、課題、施策内容を整理して理解することが重要です。ここでは、事例を自社の学びとして活かすために、施策をどのような観点で整理するとよいか、基本的なステップをご紹介します。

【ステップ1】企業概要を把握する

 事例を理解するためには、まず企業の基本情報を把握することが重要です。具体的には、業種、従業員規模、所在地などの企業概要に加え、人材不足や多様性の確保、現場環境の課題といった背景を簡潔に整理しておくことで、施策の意図や全体像がつかみやすくなります。

【ステップ2】取り組み前の課題

 取り組みが必要になった理由を確認します。
 例:育児や介護を抱えている人、シニア・障碍者・外国人などの多様な従業員が働きづらい環境にあっ
  た、生産性の伸び悩み、若手の定着率の低さ、技術継承の難しさ、管理職層の構成に多様性が乏しい 

【ステップ3】ダイバーシティ施策の内容

 施策を「テーマ」ごとに整理すると読みやすくなります。
 ①人材活用の工夫
 ・多能工化の推進
 ・外国人やシニアでも働けるような作業支援ツール導入
 ・障害者が活躍できる工程設計やIT支援

 ②組織文化・働き方改革
 ・5S活動を若手が主導し、意見を吸い上げる風土作り
 ・全社コミュニケーションツールの導入
 ・社内SNSや社内報による透明性の向上

 ③育成・キャリア支援
 ・若手社員への役割付与(リーダー任命など)
 ・インターン受け入れによる若手育成
 ・障害者、外国人向けの教育マニュアル整備

【ステップ4】取り組みの成果

 可能であれば定量的な変化を把握します。定性的な説明だけでは成果の大きさや改善度合いがイメージしづらいものですが、数値化されたデータを見ることで、取り組みの効果を客観的かつ具体的にイメージすることができます。他社事例との比較検討を通じて、自社で施策を検討する際の判断材料として活用しやすくなり、施策理解がより深まり実践に結びつきやすくなります。
 例:生産性が〇%向上、納期遵守率が向上、若手の定着率が〇%に改善、技術継承が進み、属人化が減
   少、女性・シニア・外国人の活躍範囲が拡大、組織のコミュニケーションが改善

【ステップ5】成功のポイント

 自社が参考にできる「気づき」をまとめます。
 例:多様性は「制度」より「現場の理解」が左右する、対話を重視して心理的安全性を確保、管理職の行
   動変容が浸透の鍵、小さな成功体験を積み重ねることが定着につながる、ITやツール活用はハードル
   を下げる効果がある

【ステップ6】今後の展開・未来への視点

 企業の将来の方向性を示すと、ストーリー性が強まります。
 例:高齢化対応のさらなる拡大、海外人材との協働拡大、障碍者雇用の発展、次世代リーダー育成、働き
   方の柔軟性強化

次回、5回目は、「従来との違いを読み解くダイバーシティ2025」について考えていきます。

HRコンサルティング事業局
コンサルタント 井内 郁子

大学卒業後、保険会社営業職を経て、国内航空会社国際線客室乗務員として乗務しチーフパーサーおよびパーサーとして機内サービス業務に付随したマネジメント業務に携わる。2003年からコンサルタントとしての活動を始動し、階層別研修を実施。新人から役員に至るまで幅広く対応している。顧客ニーズに応じてカスタマイズを行い高確率のリピート率を保持。昇進昇格に関わる評価者として選抜アセスメントにも従事。現在では人材育成・組織開発分野に深く携わり、現状分析に基づく課題特定・解決案策定と実行支援を担っている。
資格:DiSCCERTIFIEDTRAINER/ProfileXT認定/CheckPoint360°認定/国内養成機関プロコーチ、産業カウンセラー/国家資格キャリアコンサルタント/NLPマスタープラクティショナー/交流分析士1級 他
 

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