
就業規則は、貴社にとってどのような存在でしょうか?
単なる従業員を管理するためのルールブックでしょうか、
それとも従業員の成長を促し、企業の競争力を高めるための戦略的なツールでしょうか。
就業規則は、一般的には、法的義務やトラブル防止のために作られることが大半であり、働きやすさ向上や企業成長に資する戦略ツールとして、活用されている事例は、まだまだ限られています。
しかしながら、変化が激しく、多様な働き方が求められる時代において、就業規則に社の戦略を反映し、就業規則に則った運用をおこなうことができれば、企業の安定運営と成長に欠かせない重要な経営資源となり得ます。『会社を強くする就業規則』人的資本経営全盛の今、従業員エンゲージメントを高めるために、就業規則を改めて見直し、戦略的ツールとして活用されることをお勧めします。
目次
Ⅰ.就業規則の基本
Ⅱ.就業規則を作成する真の目的
Ⅲ.就業規則のチェックポイント
Ⅳ.攻めの就業規則
Ⅴ.就業規則を効果的に作る準備
Ⅵ.まとめ
Ⅰ.就業規則の基本
1.作成の法的義務と「周知」の重要性
労働基準法では、常時10人以上の労働者(※)を使用している事業場では、就業規則を作成し、過半数組合または労働者の過半数代表者からの意見書を添付し、所轄労働基準監督署に届け出る必要があります(労働基準法第89条、90条)また、就業規則を変更した場合においても同様です。
※時としては10人未満になることはあっても、常態として10人以上の労働者を使用している場合も対象、
パートタイム労働者やアルバイトなども含まれます。
ここで特に注意すべき重要なポイントは以下の2点です。
①作成義務は事業場単位
就業規則は、事業場ごとに作成が必要です。労働者が10人以上いる事業場ごとに規則を作成しなければな
りません。
②周知義務
作成しただけでは就業規則に法的効力は生じません。従業員への「周知」が必須であり、周知をもって初
めて効力を持ちます。周知されていない就業規則は、法的には「存在しない」とみなされます。
<周知方法の例>
・社内掲示(従業員が見やすい場所に掲示)
・書面配布(従業員へ個別に配布)
・備付け(従業員が閲覧できる状態で管理)
・社内ネットワークやイントラネットへの掲載(デジタル形式)
「作成」と「周知」の両方を確実に行わないと、就業規則の効力を発揮することはできません。届出だけの状態では不十分ですので、従業員への周知方法にも十分な配慮が必要です。

2.就業規則の基本構成と目的
就業規則は概ね次の3パートで構成されます。

①働く条件
経営、管理側の実務運用の土台。法令に適合した基準を明確化し、担当者間の運用ばらつきを防ぐ。
②手続きの方法
従業員の働きやすさを確保するために、利便性と公正を備えた「迷わず使える手順書」。
③服務規律
労務リスクの予防線。行動基準と禁止事項、懲戒の枠組みを明示。
3.就業規則に明示する内容
就業規則には、労働基準法(第89条)で定められた「絶対的必要記載事項」と、会社で制度を設ける場合に記載が必要な「相対的必要記載事項」があります。

出典:厚生労働省リーフレットシリーズ労基法89条
4.就業規則がないことのデメリット
就業規則がない場合、会社はリスクを抱えることになります。
主なリスクとして、以下のような点が挙げられます。
会社は解雇や定年制度を法的に明確化する根拠を欠き、実務運用が困難になります。例えば、問題行動を繰り返す従業員に対して対応したい場合でも、解雇基準が明文化されていなければ不当解雇と判断されるリスクがあります。さらに、定年制度を設けていないものとみなされて、雇用関係の終了に関する適切な判断が困難となるケースもあります。
5.就業規則の法的効力の限界
就業規則の効力は、会社の「憲法」と例えられることもありますが、その効力には限界があります。法的な効力順位は以下のとおりとなります。
法令(労働基準法など)≧ 就業規則≧労働契約(個別契約が労働者に有利な場合はその部分が優先)
したがって、就業規則が労働基準法等を下回る労働条件を定めている場合、その部分は労働者保護の観点から無効となり、法令で定める基準まで是正されます。労基法に反する厳しい社内ルールを定めても、その箇所は効力を生じませんのでご注意ください。
例えば、固定残業代(いわゆるみなし残業)を採用していても、定額に含まれる時間数を超えた時間数は、割増賃金の追加支払いが必要であり、不払とする規定は無効となります。また、法改正により新設、拡充された制度(例:出生時育児休業[産後パパ育休])が、就業規則に未反映であっても、従業員は法に基づく権利を行使できます。
就業規則は「適法であること」だけでは足りません。従業員が理解、納得でき、外部にも説明できる水準が求められます。規定が厳格すぎる場合、採用活動において会社の魅力度を低下させるだけでなく、エンゲージメントや従業員の定着率に悪影響を及ぼし、結果として生産性の低下につながる可能性があります。万が一、訴訟となった場合は裁判官に悪い心証を与えてしまうリスクすらあります。
Ⅱ.就業規則を作成する真の目的
就業規則は何のために作成するのでしょうか。改めてその目的を解説します。
管理者のための「六法全書」として機能させる
働き方改革以降、労働基準法の法改正は頻繁に行われています。就業規則は法改正を適切に反映し、管理
者が日々の業務で迷うことなく、公正な判断を下すためのバイブル「六法全書」としてください。
会社のルール(誤った就業規則)に従ったことが、結果的に労働基準法に抵触したため、裁判で会社の決
定が無効となるケースも少なくありません。法改正や判例の内容を反映した就業規則は、担当者が誤った
判断を下すリスクを低減するためにも不可欠です。
従業員の「安心」と「働きやすさ」を醸成する
就業規則は、従業員が安心して働くための重要な情報源となります。基本の手続き(有給休暇の申請な
ど)や福利厚生制度の内容(リスキリング支援策、特別休暇制度の有無など)、会社のルールが明確に
記載されていれば、従業員は疑問が生じた際に管理者や先輩、同僚に確認する手間を省き、自ら簡単
に情報を得られます。これにより、教える側の負担やストレスも軽減されます。さらにこうした仕組み
を通じて、従業員は自身の権利や会社の制度を正しく理解し、働きがいのある環境を享受できるように
なります。
Ⅲ.就業規則のチェックポイント
最新の法令や社会情勢に対応しているかをチェックしてみてください。
以下は、就業規則の点検時(労基署の監査など)によく指摘される事項や、従業員や会社のために必要な規則の主なチェックポイントです。
育児介護関連の法改正が反映されているか
産後パパ育休、子の看護休暇の時間単位取得などを確認。就業規則に法改正が反映されていないと、助成
金申請で条件を満たせず、否認されることがあります。(各助成金の条件による)
【参考】
企業を取り巻く法改正に学ぶ<第2回>2025年10月施行!~育児・介護休業法の改正ポイントを社労士が解説~
有期契約労働者(アルバイト・パートタイマー)の規定
「アルバイトには年次有給休暇がない」と誤解されることがあります。
有期契約の労働者(アルバイト等)にも労働日数に応じて比例付与される有給の権利があります。正社員
と異なる労働条件を多く設定している場合は、トラブル回避のために、別途専用の「パートタイマー就業
規則」を作成することをおすすめします。
同一労働同一賃金
2021年4月から中小企業も対象となっており、すでに最高裁判例も複数でており、注意が必要な法改正で
す。有期契約(パートタイム等)と、正社員の労働条件で、不合理な差があると、法令違反となり、訴訟
リスクが高まります。
特に「住宅手当」「家族手当」「通勤手当」などの生活関連手当について、非正規社員への支給の要否が
問われる事例が増えています。また、賞与や退職金の取扱いについても慎重な対応が求められます。
長期雇用を前提としない有期契約労働者に対する賞与、退職金の不支給は、一定の合理性があるとされる
傾向にありますが、職務内容や期間の定めなく働く意思が正社員と変わらない場合は、一律不支給とする
ことが難しくなっています。
尚、正社員間での待遇差については、この法律の適用対象外のため、差がある場合でも法律上は問題とさ
れることはありません。
福利厚生(休職、退職金制度等)
休職制度、退職金制度の導入は法的な義務はありませんが、従業員の働きやすさの向上や定着、さらに他
社との差別化を図るうえで、導入を検討する価値が高い制度です。
◆退職金制度
退職金制度は、小規模企業でも約7割が導入している制度であり、未整備の場合は採用活動において不利
になる可能性があります。

退職金制度には多様な設計方法があり、それぞれの企業規模や状況に応じた最適な制度を選ぶことが可能
です。

退職金制度の導入や見直しを検討する際には、専門家(社労士など)に相談してみるとよいでしょう。
◆休職制度
休職制度は、長期の休養を必要とする従業員、特にメンタルヘルス不調が増加している現代において、非
常に有効なサポートとなり、会社と従業員双方にとって円滑な解決をもたらすものとなります。
<休職制度の作成/見直しポイント>
休職期間満了後に復職できない場合に自然退職とする規定を設けることで、長期欠勤を理由に退職勧奨や
解雇を行った際に生じがちな不当解雇トラブルのリスクを軽減できます。
近年、同じ病気(メンタル疾患等)で休職を繰り返すケースが見られます。休職期間が一定期間内に再利
用された場合に、その期間を通算する規定がないと、事実上、無期限に休職が継続されます。
民間の保険における、一定期間内の同一傷病での給付制限と同様の考え方で、この点を見直すことは重要
なチェックポイントです。
休職期間規定の整備により、制度の公平性を担保し、不必要な長期休職を防ぐことができます。
◆総点検のすすめ
就業規則の定期的な確認は、企業運営の基本です。
総点検が必要なポイントについてお伝えします。
確認の範囲は、就業規則だけでなく、求人サイトの掲載条件、採用時の労働条件通知書(または雇用契
約書)※2と、就業規則の整合性がとれていることを確認してください。
※2 労働条件の明示 2024年4月1日に改正になっていますので、念のためご確認ください。

出典:厚生労働省リーフレット
Ⅳ.攻めの就業規則
【質問】
貴社の就業規則の第1条「目的」には、何と書かれていますか?
第1条は意外と意識が向きにくく、以下のような「労働条件を定める」旨の定型文にとどまっていませんか?
◆よくある目的条文例
1条(目的)
この就業規則(以下「規則という。」は、○○会社(以下「会社」という。)の従業員の労働条件、服務
規律、その他の就業に関する事項を定めたものである。
いままでの就業規則は「守りのルール」の色合いが濃いものでしたが、変化の激しい令和の時代、人的
資本経営が重視される現在においては、第1条「目的」にこそ、企業が掲げる『理念』や『志(パーパ
ス)』を明確に言語化し、従業員に伝える重要なメッセージとして活用しましょう。
法令において第1条が全体の趣旨を示し重要であるのと同様に、就業規則でも「目的」は全体の方向性
を示す極めて重要な条文となります。
就業規則を単なるルールブックから、会社の『志』を従業員と共有しエンゲージメントを高める「攻め
の戦略ツール」へ。さらに、事業継続計画(BCP)の観点から有事の対応や、従業員に期待する行動原
則を織り込むことで、平時から有事までの指針が明確になります。まずは第1条「目的」に、御社の『
志』を反映させてください。
◆“志”を具現化した目的条文
目的:従業員と経営者の幸福と会社の発展
1条(目的)
この規則は、○○会社(以下「会社」という。)従業員の労働条件及び服務規律、就業に関する重要事項
を明らかにし、働きがいのある環境の実現により、従業員の有する能力の発揮を促し、生産性の向上を
図るとともに、従業員と経営者の信頼関係を構築し、会社の発展及び両者の幸福の実現を目的とする。
Ⅴ.就業規則を効果的に作る準備
就業規則を新規に作成する場合や、新たな制度を追加する場合には、規則を作成する前に、組織の現状を正確に把握することが重要です。具体的には、組織として掲げる『志』の浸透度や、従業員の状態(モチベーションやエンゲージメント)などを確認してください。
組織診断ツールを活用することで、組織の強みや課題を客観的に分析し、従業員にとって有益な制度、さらには会社の成長・発展につながる制度設計が可能となります。
◆事例
福利厚生制度として「資格取得手当」の導入を検討する場合
診断結果をもとに、資格取得者を増やすことが従業員の成長や事業継続にとって効果的かどうかを確認し
、そのうえで導入の可否を判断してください。
新しい制度が導入されたにもかかわらず、結果的に利用されない失敗例も多く見られます。そのため、制
度導入後には、従業員が制度の意義や目的を十分に理解できる取り組みが重要です。
例えば、「この制度は、会社の『志』を達成するために必要であり、従業員一人ひとりのために用意され
た制度である」といった背景や意図をしっかりと共有しましょう。このようにして、制度が「従業員自身
のためのもの」であると実感してもらうことが大切です。
◆就業規則の周知義務の本質
就業規則の周知義務は、単に法律で定められているから行うものではありません。それ以上に重要なのは
、制度に込められた「想い」を言語化し、それを従業員にしっかりと届けることです。このために、就業
規則の周知徹底が不可欠なのです。こうした取り組みを行うことで、従業員は制度の意義を深く理解し、
自分たちのための制度として捉えるようになります。その結果、制度を主体的に活用する意識が自然と育
まれ、組織全体がよりよい方向に向かう基盤となります。
Ⅵ.まとめ
就業規則は、会社の姿勢を映す鏡なのです。また、未来を形づくる企業の羅針盤とも言えます。法改正対応を確実に行うだけでなく、『理念』『志』を反映し、従業員エンゲージメントを高める戦略ツールとして、制度の定期的な点検と改定時の周知、教育まで一体型の運用をしましょう。周知され、現場で機能してはじめて『会社を強くする就業規則』になります。
社労士による企業を取り巻く法改正に学ぶシリーズ(全7回)をご愛読いただき、誠にありがとうございました。働き方に関する取り上げてほしいテーマがあれば、ぜひお寄せください。次期連載の企画に活かしてまいります。
(注)本コラムは一般的解説です。個別事情や最新改正への適合は、専門家(弁護士や社会保険労務士)と照合のうえご判断ください。

HRコンサルティング事業局
プロデューサー(開業社会保険労務士) 田邊 良学
(株)日本交通公社(現JTB)に入社。新規事業開発や人事総務系ソリューションを担当。「組織と人財の最適なバランスこそがイノベーションを生み出す源泉」という信念のもと、人財一人ひとりの変革力を引き出し、新しい旅行業界のビジネスモデル開発を推進し、海外危機管理事業等を開発。事業企画から販売まで一貫した製販一体の推進力を学ぶ。
現在はJTBコミュニケーションデザインにて、組織開発ソリューション「WILL CANVAS」を担当。新規事業開発の経験と社労士としての専門知識を融合させて、事業戦略と人事戦略の両面から企業の成長を支援している。
【資格】社会保険労務士(開業)、両立支援コーディネーター、運行管理者資格者(旅客)、海外安全・危機管理責任者、防災士、など。
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- 人と組織
- 2025/11/21









