企業が提供する価値を広める「ブランディング」は、企業の成長にとって欠かせない活動です。近年は、ブランディングのなかでも、社内に価値を発信する「インナーブランディング」に注目が集まっています。
しかし、抽象的な概念である「ブランド」や、これを社内に発信する「インナーブランディング」について、正確に理解できている人は多くないでしょう。そこで今回は、インナーブランディングの定義や注目されはじめた背景に加え、その効果や取り組みの手法、事例もあわせて解説します。
インナーブランディングの定義
インナーブランディングは、「インターナルブランディング」や「インターナルマーケティング」とも呼ばれ、企業の理念やビジョン、価値観を社内全体に浸透させる一連の活動のことです。
一般的にブランディングは、企業ブランドや商品、サービスを顧客に知ってもらう「アウターブランディング」を指すことが多いですが、インナーブランディングによって顧客に対応する従業員一人ひとりが企業理念を体現することで、アウターブランディングにも好影響を及ぼします。そのため近年ではインナーブランディングの重要性が高まっています。
インナーブランディングはアウターブランディングと車の両輪となることで、企業理念に基づいた価値を顧客に最適な形で提供できるようになります。なぜなら、企業ブランドを顧客に提供しているのは、ブランドを管理している経営層ではなく、実際に顧客と接している営業担当者や店舗の販売員といった現場の従業員だからです。インナーブランディングを通じて、従業員一人ひとりが企業理念に基づいた行動を取れるようになれば、企業のファンは増え、結果的に売上向上に繋がるでしょう。
インナーブランディングの必要性と注目される背景
インナーブランディングが注目を集めている理由は、「社員一人ひとりが企業ブランドの体現者であり、結果的に売上につながる」という認識が浸透しはじめたからです。この認識変化は、社会的な構造と価値観の変化が促した結果でもあります。
次は、インナーブランディングが必要とされている背景について解説します。
生産年齢人口の減少と担い手不足
総務省「国勢調査」によると、労働力の中核をなす年齢層を指す「生産年齢人口(15〜64歳)」は、1990年代から減少に転じており、2017年は7,596万人、国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によると、2040年には5,978万人に減少すると予想されています。すでに企業による人材獲得競争は激化していますが、確保と同時に流出を防ぐ視点も重視され、従業員満足度の向上や働きがいの創出に取り組む企業が増えています。
参考:総務省「情報通信白書」 第1部 特集 人口減少時代のICTによる持続的成長
企業寿命が短命化し、転職が当たり前の時代に
生産年齢人口が多い時代は、新卒一括採用、終身雇用などの制度が有効に機能していました。しかし、東京商工リサーチのデータによると2017年に倒産した企業の平均寿命は23.5年。また帝国データバンクによると、企業の平均年齢は37.16歳です。仮に40年働く場合、誰でも最低1回は転職する計算になります。実際、パーソル総合研究所による「働く1万人の成長実態調査2017」によると、平均の転職回数は1.8回という結果が出ています。
経営資源には「ヒト、モノ、カネ」がありますが、最も重要とされている資源は、すべての資源を扱える「ヒト」です。人口減少時代の企業にとって、自社のノウハウを蓄積した従業員の離脱は大きな損失となります。もはや転職が「当たり前」な時代において、企業は新たな人材の獲得だけではなく、既存社員の流出を防ぐ施策が求められているのです。
参考:2017年「業歴30年以上の『老舗』企業倒産」調査
参考:帝国データバンクの数字で見る日本企業のトリビア
参考:働く1万人の成長実態調査2017
価値観や働き方の多様化
また、価値観や働き方が多様化している社会背景も、インナーブランディングの重要性を後押ししています。女性の社会進出や定年退職年齢の引き上げ、外国人労働者の増加などによって、これまでの画一的な労働環境や情報発信では、社員の満足度に繋がりにくくなっているのです。
政府も「一億総活躍社会」を提唱し、労働法を見直す「働き方改革」を推進しており、プライベートを重視する時短勤務や、オフィスに出社せず遠隔で業務するリモートワーク勤務といった制度を導入する、多様な働き方を認める企業の人気は高まっています。
インナーブランディングは
どのような企業に効果的か
転職者の増加や価値観の多様化が生じているといった背景から、インナーブランディングの必要性について解説してきました。しかし、人材確保の視点以外でもインナーブランディングは効果を発揮します。次は、インナーブランディングが企業にもたらす主な効果について紹介します。
モチベーションが低く、離職率も高い
厚生労働省の「新規学卒就職者の離職状況」によると、新卒者の3割以上が入社3年以内に離職している状況です。
原因として、労働条件や人間関係への不満の他、仕事が自分に合わない等の採用のミスマッチが挙げられます。しかしインナーブランディングによって、企業が目指す方向性を示すことができれば、社員自身が「この企業で働く意義」を理解でき、離職率の低下が見込めます。また、日々の業務が企業の理想実現のためにどのような役割を持っているかも知ることができるため、モチベーション向上も期待できるでしょう。
売上が上がらない・アウターブランディングができていない
企業の売上を増やすためには、商品やサービスを利用してくれる顧客をファン化させる施策が重要です。イタリアの経済学者ヴィルフレド・パレート氏が提唱した「パレートの法則」によると、「自社の売上の8割は2割ほどの顧客によって構成されている」とも言われており、企業が自社のファンを形成する重要性は、現在も非常に高いと考えられています。
インナーブランディングは、企業が中長期的な成長を実現するための施策でもあります。しかし先述したように、インナーブランディングによって従業員一人ひとりが企業の価値を体現できるようになれば、顧客と接している現場社員の行動を好転させることができ、効果的なアウターブランディングの構築に繋がるでしょう。
イノベーションが生まれない
企業の目的は、目先の売上や利益を上げることだけではなく、持続的に成長を続けることでもあります。常に変化する需要や市場に対応するためにも、企業は提供価値を日々向上させなければなりません。
変化する顧客ニーズを把握するポイントは、現場にあります。顧客と実際に接している現場の従業員が、企業が提供すべき価値を理解できていれば、自ら課題を発見し、提供価値向上のために活動できます。現場の小さな気付きが、企業に大きな成長をもたらすイノベーションに繋がるのです。
インナーブランディングを進めるための手法
では、インナーブランディングを実施するためには、どのような点に注意するとよいのでしょうか。そのポイントは、自社におけるインナーブランディングの進捗状況にあわせた手法を選択することです。それぞれの進捗フェーズにおいて効果的な手法をご紹介します。
【定義付け】自社のブランドの定義と「ブランドブック」による認知
前提として、自社ブランドを明確に定義していなければインナーブランディングは行なえません。自社ブランドが提供する価値や実現したいビジョンを言語などで明確に示したものを、「ブランド・アイデンティティ」といい、これがブランド戦略の軸になります。
つまり、インナーブランディングを行う際は、従業員にどのようなイメージを持ってもらうかを明確に定義付けた上で、実際に知ってもらう活動が必要です。その際に効果的な手法が「ブランドブック」です。自社がどのようなブランドを掲げているのかを小冊子にまとめ社員に配布することで、自社ブランドの理解に効果を発揮してくれます。
【見える化】「社員アンケート」による効果測定
ブランドの定義付けと認知活動をはじめたあとは、実際にインナーブランディングの効果が表れているか計測しましょう。取り組みの効果を数値で計測できれば、効果的だったのか、新しい手法を検討すべきか、などの検討が可能になります。
効果検証の代表的な施策は「社員アンケート」です。自社ブランドへの理解度、共感度、会社へのロイヤリティの強さ、あるいは仕事への満足度やモチベーションなどがどう変化したかを社員アンケートによって測定し、効果測定の資料に用いることができます。現在は、ウェブによる集計やデータ分析を容易にした「従業員意識(ES)調査」が注目を集めています。インナーブランディングに本格的に取り組む場合、データは取り組みの参考材料になるため、社員アンケートを積極的に活用するとよいでしょう。
【自分ごと化】ワークショップやクレド策定などでブランドの体現者に
ブランドの定義付けと見える化によって中長期的な取り組みの準備ができたら、実際に社員が企業ブランドを「自分ごと化」するための手法を活用します。
「社内ワークショップ」によってブランドの理解を促しつつ、擬似的なブランド体験を経験してもらったり、イントラネットや社内掲示で継続的なメッセージングを行ったりするなど、社員自身がブランドを「自分ごと化」できる手法に取り組みましょう。
また近年は、企業の信条を表す「クレドの策定」も自分ごと化させる手法として人気です。クレドは、企業のブランドや経営理念を体現、実現するために必要な行動規範を示しています。社員のどのような行動が「ブランドの体現者」であるかを明確にし、企業として表彰することで、社員のブランド理解をより促進できるでしょう。
ブランド体現者の従業員が活躍する。インナーブランディングの事例
最後に、インナーブランディングに意欲的な企業の事例を紹介します。これからインナーブランディングに取り組む企業は参考にしてみてください。
「サンクスデーで従業員に感謝を伝える」株式会社オリエンタルランド
株式会社オリエンタルランドは、東京ディズニーリゾートを運営していることで有名な企業です。同社では年に一度、社員や役員が準社員や出演者を閉園後の施設でおもてなしをする「サンクスデー」を実施しています。
日頃の感謝の気持ちを伝えるだけではなく、企業使命として掲げる「夢、感動、喜び、やすらぎ」を自ら体現することで、全社的な一体感を生み出していると言えるでしょう。
参照:企業風土とES(従業員満足) 株式会社オリエンタルランド
インナーブランディングは従業員満足度向上に加え、利益にもつながる
インナーブランディングは、企業が目指す未来像を社員に示すことで、企業と社員の目線をあわせ、「働く意義」を感じてもらうことができ、モチベーション向上や離職率の低下が期待されます。こうした効果は、中長期的な視点において、顧客に理想の価値を提供できる企業ブランドの体現者を従業員から輩出し、利益の創出につながるでしょう。
持続的な成長を目指す企業は、目の前の売上や利益を増やす活動はもちろん、中長期的な利益に影響するインナーブランディングに取り組んでみてはいかがでしょうか。
企業への導入事例から学ぶ
インナーブランディング活動の具体的な進め方
JTBデザインコミュニケーションが実際にコンサルティングしているA社を例に、実際にインナーブランディング活動を取り入れた事例を資料としてまとめました。 今後インナーブランディング活動を取り入れる上での参考となるはずです。ぜひご一読ください。
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- 2019/05/21